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課長になりたかった男 [日記]

僕が社会人になるころ
「これからは課長までにしかなれない人も出てくる」
と言われていた。それまでは普通にしていたら部長になれたという意味だった。

新卒で入った会社に8年以上いたが、平社員のまま終えてしまった。
辞めるということになってから、変に引きとめられて半年ほどいたが、その間に後輩が主任になった。
正直にいうと、そのとき自分は後輩にちょっと嫉妬した。
「大卒の自分より先に、専門学校卒の後輩が先に昇進した」
ということに。そして、自分が嫉妬したことに(後輩が主任になったことよりも)驚いた。

自分はもう辞めると決まっていた。その後輩も「辞める」と言っていた。
引きとめ策として主任にしたのであろうことは(僕には)想像できた。
過去に、辞めると言い出して、昇給して辞めることをやめたという事例が何回かあって、
僕は、辞意を表明したときに、その場しのぎの条件闘争に屈して撤回するのだけはやめようと思っていた。だから自分が辞めるときには、引きとめの交渉には一切応じなかった。

主任手当はよく知らないが5000円程度で、その後輩は主任になっても給料は僕より低かったろう。それに主任だからと言って仕事の内容が変わるわけではなかった。
言ってみれば、オウム心理教で正悟師とか正大師とか付けてやる気を出させているのと同じだ。
いろいろな点から考えて、僕が嫉妬するのはおかしいと思うのは自分がよく知っていた。
なのに、ああいうモヤモヤとした感情が芽生えたことは、のちの僕の考え方に大きく影響した。
自分もオウム心理教に入って正大師の位をもらったら大喜びしたんだろうなぁ。

以来、相手の役職というのが気にならなくなった。
課長とか部長という肩書きは「それは、あなたの会社の都合ですね?」としか思わなくなった。

僕と同年代だと、課長か部長くらいの人が多いが、確かに、年齢と勤続年数で等級が上がって役職がついただけで管理職の仕事をしているわけではない人が多い。
最近だと、昔の部長の仕事は事業部長がしていて、部下なしの部長(級)という人もいるようだ。

僕が20代の頃の部付きの(部下のいない)課長は、予算をとって外注を取りまとめてプロジェクトを回していて、有能そうだった。
僕が40歳を過ぎた頃に一緒に仕事をした会社の人たちはエンジニアの 1/3 くらいは部付きの課長(級)で、部下もなく予算もなく、給料が良く残業が付かないだけのおっちゃんのエンジニアだった。
(部下なしの裁量のない課長に残業が付かないというのは違法だと思うけど、実際そうだったのだからしょうがない)

昔は漠然と課長くらいにはなりたいと思っていたが、いまはどうでもいい。
・・・というか、IT化でホワイトカラーの中間管理職っていらないのでは?
と思う今日この頃
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