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親の死に目に会えないということ [家族]

子供のころ、鉛筆を短い順(長い順でも同じ)に並べて筆箱に入れておくと親の死に目に会えないといわれてた。
小学生は「おー、こえー(怖い)」といいながら、互い違いになるように並べてた。
しかし、正直そのときには「親の死に目に会えないのはいけないことなんだろうか?」と思っていた。

時が進んで、祖父が無くなるとき・・・1、2ヶ月程前から急に衰弱して、おじいちゃん子だった私は、
毎週末のように、時には平日に会社帰りに帰省してた。
木曜日の就業後、(金曜日休むことにして)実家に帰るかどうか一瞬悩んだが、もうその前に何日か
休んでしたし、明日亡くなると限った話ではない。
(おじいさん待っててね)
そう思って、木曜日は家に帰ることにして、金曜の仕事帰りに帰省しようと思っていた。

結局、翌金曜日の朝息を引き取った。
もう、息を引き取ってしまった以上は、私がいてもしょうがないので結局予定通り金曜日の仕事が終わってから実家に帰ったが、親族の死に目に会えないということは悔しいことだなぁと思った。

同時に、人の死に目に会うことの難しさも知った。
よく、TVで親族が病床の床に集まって最後の言葉を聴くシーンがあるが、ありゃうそだな。
人が、どの瞬間に死ぬかなんてわからない。


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